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| 2019.05.21大久保の少し詳しい研究内容紹介作成途中です。
- 情報科学や生命科学などにおける「確率的な現象」を理論的に扱うこと
- 確率過程の基礎的な数理の研究と、それを工学的な応用につなげること
- 統計物理学や量子力学で用いられる手法を、工学的な応用につなげること
- 機械学習や人工知能の基礎的な理論を検討して、新しい種を探すこと
- 画像の補修をベイズ統計の枠組みを用いて行う研究(統計力学との接点としては、クラスター変分法・ベーテ近似などがあります)
- コミュニティ検出(データマイニングなどと関連します)
- 複雑なネットワーク上での確率推論問題
興味・専門
研究のねらい
使える数理を探すこと。それを工学的な応用につなげること。特に確率的な手法を基本としながら、中央に情報を集めるのではなく、分散的に情報を処理できるような、効率的な計算手法を作ること。そして、それらの研究を通して、知能の研究に迫れるような数理的な手法を一歩ずつ積み上げていくこと。
ノイズの大きなデータからの情報抽出、細胞のような小さな系での揺らぎの利用と制御、熱によって揺らぐ粒子、経済活動における揺らぎが生み出す現象など、揺らぎに起因する研究課題は情報科学、生命科学、物理科学、社会科学などのさまざまな分野において見られます。これらの現象を理解することで、揺らぎの利用などの工学的応用が拓けるものと期待されます。
複雑な現象を調べようとするときには、モデル化および数値シミュレーションは重要な研究手段です。しかし、数理的な解析を経ることにより、複雑な現象を語るための「言葉」が得られたり、効率の良い数値計算手法を発見できたりします。
現在は、数理的な解析や、基礎的な側面に重点をおきながら、これまでとは違った『計算』の枠組みについて重点的に研究をしています。基礎的な研究の積み重ねが、いつか、揺らぎを利用した効率的な情報処理技術につながり、持続可能な世界へと貢献し、さらには知能の謎に迫れるような数理的枠組みの、小さな一歩につながることを期待しながら、研究を進めています。
(具体的な研究内容については、下記の「例えばどのようなことを研究してきたか」の項目をご覧下さい)
研究のキーワード
双対性 / フィルタリング / 最適制御 / 化学反応系 / Ising型計算機 / アニーリング / 機械学習 / データマイニング / 計数統計 / 流れと幾何学的位相 / 揺らぎ / 少数分子系 / 非平衡 / 散逸系 / 第2量子化法(Doi-Peliti法) / 変分法 / 遺伝子制御系 / 膜輸送系 / ベイズ統計(確率推論) / 不規則性(ランダム系) / レプリカ法 / 壺モデル / 実空間凝縮現象 ...など
例えばどのようなことを研究してきたか
• 確率過程の双対性を利用した新しいカルマンフィルタの提案
これまでの研究によって、確率微分方程式と出生・死滅過程を双対性によって結びつけることが可能となりました。双対性を用いることの利点は、出生・死滅過程のひとつの解を用いて、確率微分方程式の任意の初期状態から出発した解(モーメント)を計算できることです。さらに、係数が時間に依存しないといった条件下では、出生・死滅過程のひとつの解から、確率微分方程式の別の時刻の解を計算できることもわかりました。
この性質を用いることで、非線形な係数をもつ確率微分方程式系に対する新しいカルマンフィルタを提案することができました。非線形系に対して、例えばアンサンブルカルマンフィルタが提案されていますが、これは観測時刻ごとにたくさんのモンテカルロシミュレーションを実行する必要があります。双対性を使えば、事前に計算しておいた出生・死滅過程の解を用いて、単純なかけ算と足し算の計算だけでフィルタを構成することが可能になります。まだまだ解決すべき点もたくさんありますが、非常に高速に動くフィルタの構成につながるよう、数理構造に関する研究をさらに進める予定です。
• 確率過程における双対性に関する研究
「双対性」という概念はさまざまな研究分野において利用されています。確率過程における双対性とは、簡単に言えば「二つの確率過程がある双対関数で結びついている」というものです。二つの確率過程は同じものかもしれませんし、全く異なる確率過程である場合もあります。解析が難しい確率過程の代わりに、双対な確率過程を解析することによって、元の確率過程に関して色々なことを調べられる場合があります。この双対性の概念は、解析が難しい非平衡系の確率過程を解析するためなどに応用されています。
確率過程における双対性の中でも、連続的な状態空間に属する確率過程と離散的な状態空間に属する確率過程を結びつける数理的な構造について研究しています。これまでに、化学反応系などのboson的な生成消滅演算子で書き下すことができるような離散的確率過程に対して、第二量子化の方法などを応用することにより、見通しよく双対関数及び双対な確率過程を導きだすことが可能であることを示しました。また、Brownian momentum processという連続的な状態空間を持つ確率過程はSU(1,1)代数で書けることが知られていますが、SU(1,1)の演算子のboson表現を利用することにより、やはり同様の枠組みで双対関数と双対な確率過程を導出できることを示しました。
このような双対性の概念についてさらに理解を深めることによって、色々な確率系に対する新しい解析方法や見方を切り開くことができればと期待しています。
• 確率過程における計数統計の研究:幾何学的位相を用いた解析
膜で仕切られた細胞内外の物質のやり取りやMichaelis-Menten機構、分子モータなどは、どれも似たような形の確率モデルとして記述することができ、非平衡系のモデルとして興味深い現象を示します。例えば、赤血球に周期的な電場をかけることにより、Na+の流出が増加することが実験的に観測されています。(Na,K)ATPaseへの電場の影響で生じるこの一方向への流れは「ポンプ・カレント」と呼ばれます。このような周期的外力によって駆動される流れをどのように理解したらよいのかを探るために、数理的な解析が必要になります。
「流れ」について、揺らぎも含めて研究する手法のひとつが計数統計です。状態の変化を記述するのではなく、特定の遷移が生じる回数を「数える」という意味で、情報学的な問題とも言えます。ポンプ・カレントの問題と関連して、周期的な外力によって生じる流れの計数統計が幾何学的位相(ファイバー束)という概念とつながっていることが明らかになっています。
これまでに、非断熱状況下でのポンプ・カレントに関してFloquet理論を利用した解析的計算などの仕事を行いました。数値実験だけではわからない部分も、数理的な方法によって明かにすることができます。これらの研究によって、どのような電場をかけるとどのような流れが生じるのかについて、直感的な理解ができるようになってきました。また、周期的ではないような過程に関しても、計量を上手く定義して測地線を導入することで、幾何学的位相を定義できることなどを示しました。これらの研究により、環境が変化する状況下での計数統計の数理的な構造が徐々に明らかとなりつつあります。
計数統計は「状態の変化」を調べるというよりも、遷移の回数のような「過程」について詳細な情報を得るための枠組みです。この枠組みを上手く使いながら、確率系の環境変化への応答などに関する理解を深めることで、新たな情報処理機構の模索を目指したいと考えています。
• 離散観測データからの確率微分方程式のパラメータ推定
ある現象を観測しようとした場合、実際には非常に頻繁に観測を行うことが困難で、ある程度の離散的な時間間隔で観測せざるを得ないことがあります。確率モデルを考えて、観測結果を再現するようなパラメータを同定しようとしたとき、すべての時刻における観測結果が手に入れば同定が容易な場合があります。一方で、実際的なパラメータ同定を考える際には、離散的な観測の影響を考慮する必要があります。
これまでに、確率微分方程式に対して局所線形化法という近似手法を用いることで、この離散的な観測の影響をある程度取り入れることのできる手法を開発しています。この手法は非常に高速な計算が可能であり、モデルが不明な場合、具体的には確率微分方程式の拡散項及びドリフト項の関数形が不明な場合に対するノンパラメトリック推定に使うことができます。
• 少数分子系などの確率過程に対する近似手法の研究
化学反応を記述する確率過程は、生態系のモデルとも共通の数理構造を持っており、また社会現象などのモデルにも成り得ます。古典的には、「反応速度方程式」と呼ばれる微分方程式で現象を記述すればよいのですが、「揺らぎ」をきちんと扱おうとすると確率過程をマスター方程式を用いて記述する必要があります。
ここで問題となるのは、マスター方程式を厳密に解くことの出来る場合は限られており、一般的に解くことは困難であることです。計算機でシミュレーションして解を得ることがよく行われますが、複雑なシステムになるほど、シミュレーションも大変になってきます。また、コンピュータ上で再現するだけではなく、数理的な背景も理解できれば、現象に関する深い知見を得ることができると期待されます。
以上のような問題意識のもとで、量子力学などで用いられている第2量子化の方法などを応用することにより、古典的な確率過程について研究しています。これまでに、量子力学におけるコヒーレント状態の概念と変分法と組み合わせることなどにより、高速で高精度の近似計算方法を提案することができました。また、従来の母関数法との関連・対応関係などについても考察しています。さらに、細胞のようなサイズの小さな系では、揺らぎが非常に大きくなることが知られており、最近生物科学の分野でもこの揺らぎの影響が注目を浴びています。このような「小さな系」で起こる特有の現象について、その数理的機構を解明することなどもおこなっています。
• 揺らぎの定理などの非平衡系に関する数理の研究
非平衡環境下で要する「仕事」から、平衡環境下での「安定性」、つまり自由エネルギー差に関する情報を抽出する方法としてJarzynski等式が知られています。その他、非平衡系においても成立する様々な関係式がこれまでの研究によって得られています。自然界では、情報処理の多くが非平衡環境下でおこなわれていると考えられるため、非平衡系に関する数理的な手法を研究することにより、自然界における情報処理に関して新しい知見が得られるかもしれません。
これまで、「揺らぎの定理」と呼ばれる定理を一般化し、平衡状態における情報を抽出するJarzynski等式だけではなく、非平衡定常状態に関する情報を抽出するHatano-Sasa関係式をも包括的に扱うことに成功しています。今後、情報学的な知見と組み合わせながら、自然界において、特に確率系がどのような情報処理をおこなっているのかに関する数理的理解を深めていければと考えています。そしてこれらの研究により、新しい情報処理機構に関して理論的な側面から貢献することを目指します。
• 遺伝子制御系の確率モデルに対する近似手法
遺伝子制御系は、生命現象における非常に重要な情報処理機構の一つです。近年の実験技術の向上により制御系の振る舞いについて詳細に調べることが可能になってきており、遺伝子制御系における揺らぎ、つまり確率的な振る舞いの重要性が指摘されています。
揺らぎを扱うためには確率モデルを考える必要がありますが、非常に簡単な場合を除き、遺伝子制御系の確率モデルを数理的に厳密に扱うことはできません。そこで数値実験による研究も進められています。しかし、制御機構について理解を深める際には、数理的に現象を眺めることが重要になると考えられます。また、大規模な遺伝子制御ネットワークをすべて計算機上でシミュレートするのは困難であり、その意味でも近似的な数理的取り扱いが必要とされています。
これまでに、遺伝子間の相互作用の効果を上手く平均化することにより、定性的に(場合によってはある程度定量的に)確率モデルを近似することに成功しました。合流型超幾何関数を用いることで、遺伝子制御系の定常状態における様々な振る舞いを記述することができます。
• 複雑ネットワークに関する研究(生成モデルの解析や、コミュニティ検出など)
「関係性の科学」と呼ばれることもある、物理学における比較的新しい分野です。複雑ネットワークという概念は、物理学だけにとどまらず、生命科学、情報科学、工学、社会学、経済学など様々な分野に渡って研究されています。例として、ヒトとヒトの関係、企業間の取引関係、ウェブサイトのリンクの関係、タンパク質の折り畳み局所構造の間の関係などが挙げられます。
これまでネットワーク構造の生成問題、複雑なネットワーク構造と関連したダイナミクスの問題(スピングラスの問題、情報科学の言葉では、複雑なネットワーク上での確率推論問題)などに関して研究を行いました。また、ネットワークの生成問題に対して、壺モデルと呼ばれる確率モデルとの関連性を見出し、不規則系の統計力学の手法を用いて解析計算などを行いました。
• 不規則性を有する壺モデルの解析(fat-tailed分布の発現や、実空間凝縮現象について)
壺モデルは単純なモデルでありながら、べき則の発現、ボース・アインシュタイン凝縮のような凝縮現象など、豊富な物理現象を含んでいます。これまでに、不規則性を含む壺モデルに関して、解析方法や実空間凝縮現象などについて研究を行ってきました。壺モデルは「遅い緩和」の研究などの物理学の問題以外にも、経済物理における富の集中の問題などのモデルとして用いられることもあります。さらに、近年話題の渋滞の数理とも関連しています。
• 情報科学の問題における応用
これまでに下記のような応用的題材について扱ったことがあります。